最高裁判所第一小法廷 昭和38年(オ)447号 判決 1967年6月29日
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人平本隆吉、同平本祐二、同松井宣、同中村幸逸の上告理由第二点、第三点について。
所論は、仮りに上告会社が本件契約において被上告会社に対し東興油を毎月一〇〇屯供給することを約したとしても、本件契約当時における上告会社の工場設備等にかんがみ、右数量の東興油を製造することは契約当初より不能であるとの上告会社の主張、および上告会社の履行遅滞は、上告会社主張のような当時の各種の事情のもとにおいては、上告会社の責に帰すべき事由に基づくものではないとの上告会社の主張を排斥するにつき、原判決には判断遺脱、理由不備の違法があるというのである。しかし、原判決が確定したところによれば、昭和二五年二月一七日、運輸省、日通と本件当事者の四者間で出荷に関する協議会が開かれた際、上告会社は原料石炭の割当変更等により炭質が変わり、製造方法についてもタール製品の性質が変動して一定しなかつたこと、そのため低乾中油の性状変化により溜分が減少し、ソルベントナフサ三号を混入する必要のあることなどを理由に、最善を尽くして確保に努力していることを述べたのみであつて、契約の履行が不可能であることを主張したことはなかつたというのであり、またその前後においても、上告会社が被上告会社あるいは運輸省、日通等に対して不履行の理由として挙げた事項は、機械の故障、釜の破裂、設備の不十分、石炭割当量の不足、適正炭の不入荷、金融関係等であつて、常に不履行の言訳けに終始し、代金の請求、値上げ要求等をしたことはなく、上告会社はこの当時実際に東興油を製造しており、またその意欲を示しており、本来の契約書中にも、将来事情の変動による価格改定の余地のあることが明定されているというのであり、これらの事実関係とその他原判決の確定した事実関係とを総合すれば、原判決が、本契約に基づく履行が原始的に不能であつたとは認められず、また上告会社の債務不履行につき上告会社に帰責事由がなかつたとはいえないとしたことは正当であり、右認定、判断の過程において所論の違法はない。それ故、所論は採るを得ない。
同第五点、第六点について。
原判決は、上告会社が昭和二四年九月二四日被上告会社との間で原判示東興油を毎月最低一〇〇屯供給する契約を締結し、その代金については、二八〇度乾点のものは屯当り一万八五〇〇円、三〇〇度乾点のものは屯当り一万七〇〇〇円と定めたこと、上告会社は右契約に基づき同年一一月から同二五年五月末までの間に被上告会社に対し合計一一九屯一六瓩の東興油を供給したが、同会社はこれに対する代金の一部として三〇万円を支払つたにすぎないこと、上告会社は前の給付に対する代金の支払いを受けないままでその後も供給を継続し、出荷拒否の意思表示をしなかつたこと、被上告会社は同年八月一一日上告会社に到達した書面で七日以内に本件契約所定の数量の東興油を供給するよう催告するとともに、その不履行を条件として、本件契約を解除する旨通知したこと、および上告会社が右催告に応じなかつたことを確定したうえ、いわゆる継続的供給契約において前の給付に対する代金の支払いがない場合には、これを理由として後の給付を拒絶することができるけれども、上告会社の債務の履行について前記のような事情があるときは、上告会社は、その後においてあらためて同時履行の抗弁権を行使し、その債務の一部を履行しないことにより被上告会社のこうむつた損害の賠償義務を免れることはできないし、上告会社は、被上告会社から前記催告を受けた当時同時履行の抗弁権を行使した事跡は認められないから、当時履行遅滞に陥つていたものというべきで、後において反対給付の提供のなかつたことを根拠に催告の効力を争い、本件契約解除の無効を主張することは許されないと判示している。
ところで、本件契約がいわゆる継続的供給契約の一場合に属し、この契約においては、各当事者は相手方の前期の給付に対する債務の不履行を理由として、後期における自己の給付につき同時履行の抗弁権を有するものと解すべきことは、原判示のとおりであり、このような同時履行の関係にある場合には、反対給付をしないでした履行の催告は、相手方を遅滞に陥らしめることはできず、従つて、そのような催告に基づいてなした解除の意思表示は、効力を生じないものと解すべきである(最高裁判所昭和二七年(オ)第八九三号、同二九年七月二七日第三小法廷判決、民集八巻七号一四五五頁参照)。この理は、上告会社の債務の履行について前記のような事情がある場合でも同様であつて、相手方が単に同時履行の抗弁権を行使しないで、後期の債務の一部の履行を続けたからといつて、直ちにこれを同時履行の抗弁権の放棄とはなし難く、他に該抗弁権を放棄したとみうる特段の事情の認められないかぎり、反対給付をしないでした履行の催告は、附遅滞の効力を生じないと解すべきである。
しからば、右と異なつた見解に立ち、前記のように判示した原判決は、同時履行の抗弁権に関する法理を誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法を犯したものというべく、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすおそれのあることは明らかであるから、この点に関する論旨は理由があり、原判決はこの点で破棄を免れない。
よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、原判決を破棄し、更に審理を尽くすため、本件を大阪高等裁判所に差し戻すこととし、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田 誠)